オールドメディアに対するバッシング・不信感が凄まじい。社会の流れとしては、「個人の発信」がもつ影響力が日増しに向上している。それはそれでいいところと、いまいちなところがあると思っている。
事例を2つあげて、少し整理したい。1つめは政治家。高市早苗首相が、自らのSNSを使って、メディアを通さずに情報を発信していることについて、賛否両論となっている。まあ、政治家が自ら一次情報を発信することはなんら珍しくなく、河野太郎氏はいち早くメールマガジン・ブログやXに力を入れていたし、小泉進次郎氏も日々たくさん発信している。(アメリカのトランプ大統領に至っては、自らでSNSを立ち上げるほどだ)
2つ目は、芸能人。直近では、粗品VSスポニチが話題になった。意図は本人周辺のみぞ知るというところだが、私は、「影響力のある芸能人がメディアに無理難題を吹っ掛けて、注目を最大限集めた後、対応しなかった(できるはずもない)メディアを出し抜く」という構図を作り上げたと捉えている。実に今の時代らしい。(逆に言えば、メディアの影響力を最大限活用した事例でもあるだろう)
こういう流れの前提条件として、ここ十数年で、「漠然としたメディア不信が大きくなり、歯止めが利かないレベルになっている」ように感じている。その一因として、「全世界に安易に情報発信できるプラットフォームの整備が進み、バズりやすくなり、個人レベルでも十分な影響力を確保できる(インフルエンサーなど)時代が到来していること」をあげたい。
公人かどうか、団体かどうかに限らず、影響力をある程度持つと、メディアにとってみれば「ネタ(=飯の種)」になる。持った側の人間は、「自身の発言が本意とは違う方向に捉えられることは嫌だ」→「話を誇張したり切り抜いたりするメディアはだめ!」という構図。まぁ分からんでもない。
ここであえて主張しておきたいのは、「メディア」と「発信者」の対立を煽りたいわけではないということである。むしろ逆か。今、漠然と危険だなと感じているのは、我々はメディア不信になるあまり、「発信者」の言うことを全て鵜呑みにしてしまっていないか…ということである。
確かにメディアは情報を切り抜く。私は、pvを稼ぐことがメディアの使命であることを否定しない。テレビは視聴率、雑誌は販売数・シェア率。新聞はまだ比較的そんなことなかったが、デジタル進出した時点でその土俵に乗らざるを得ない。当然メディアごとに矜持・主張があるわけで、完全フラットな発信なんて難しいと考えている(逆にそれをやりきれば、社会的に価値の高いおもしろいメディアができるかもしれないが…それも難しいと私は思う、実際公共放送であるN○Kですらできているか怪しい)
では、発信者が「全ての情報を適切に、誰の誤解もない形で発信しているのか」もっというと、「すべてをさらけ出しているのか」というと、どう考えてもそんなはずないだろう。誰もが隠したい秘密の1つや2つぐらいはあるだろうし、意図的に隠すことも、意図せず発信が漏れることもあるだろう。政治家なんかは「個人レベルでは受け入れ難いけど、全体のために進めたいこと」だってあるだろうし、そういったことを政治家個人の口からあえて言わないという選択をとることもあるだろうから、メディアが伝えるべきなのである。
それともう1つ、あくまで「SNSで影響力を持つようになった」人は、SNSに選ばれる発信をする。逆に、影響力を持ちたければ「SNSを頑張る」のが最適解の1つでもある。リアルでコツコツやっていく…というのは、最高に効率が悪いのだ。意図せずとも、ホンネとは違うことを発信することだってあるし。それを「本人が言ってるから正しい!」ってのは、些か短絡的だと思う。(なんならその原稿を作っているのはマネージャー・スタッフや、AIかもしれない)
このサイトは、そんなアルゴリズム競争から逃れたいおじさんが、このような駄文(そのときどきの言いたいこと)を垂れ流すためにできたので、そこのところよろしくお願いします。笑
おまけ↓